2011/02/25

Review: James Blake "James Blake"

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BBC Sound of 2011にもノミネートされていた、ロンドン出身の21歳、James Blakeによるデビュー・アルバム。ポスト・ダブステップと形容されたりもしているし、実際に「ダブステップ以後」のエレクトロニック・ミュージックを体現しているところもあるのだが、そんな矮小な評価では到底説明しきれない、とてつもなく文学的なアルバムである。

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Track List:
1. Unluck
2. Wilhelms Scream
3. I Never Learnt To Share
4. Lindesfarne I
5. Lindesfarne II
6. Limit To Your Love
7. Give Me My Month
8. To Care (Like You)
9. Why Don’t You Call Me
10. I Mind
11. Measurements



静かなビートと、抑えた色調のシンセサイザー。音のレイヤーは最小限に抑えられ、おとなしくも力強い意志を感じさせるサウンド。これまでのEPとはまったく違った、というか、出発点から見ればとことん深いところまで行ってしまった、圧倒的な断絶すら感じさせる世界観。もちろん、その中心にあるのはゆらゆらと響くJamesのヴォーカルである。これはダブステップでもポスト・ダブステップでもない。2011年のソウル・ミュージックである。

Gold Pandaの"Lucky Shiner"とSkreamの"Outside the Box"がリリースされたときに、いわゆるダブステップの一般化/大衆化と、表現としての普遍性の獲得が始まったと感じた(その意味で、Magnetic Manのアルバム"Magnetic Man"はそのオルタナティヴとしてダブステップの本懐を定義しなおすようなところがあった)。とくにGold Pandaのアルバムは、ダブステップがそのビートの持つ本来的な「暗さ」が詩的表現/私小説的表現と親和性の高いものであることを示していた。そしてその先で、ダブステップの文法を「詩」、つまり文学そのものに転換することに成功したのがこのJames Blakeのアルバムなのだと思う。

リード・シングル"Limit To Your Love"交互に聞こえてくる、痙攣するようなベース音と叩きつけるようなピアノの音色。それを横断するように響くJamesの掠れ声。懐かしさと未知の神秘さを同時に感じさせるこの曲は、James Blakeというアーティストの本性を如実に表している。すなわち、両手を鍵盤に打ちつけて鳴らされる「痛み」の表象としてのピアノが、ラップトップ上で組み立てられるブレイクビーツと地続きであるという感覚。というか、身体表現としての音楽(器楽)の延長に、デジタル・ビートがあるという「当たり前」の認識。

James Blake "Limit To Your Love"


Flying Lotusが最新作"Cosmogramma"でラップトップ・ミュージックとジャズを宇宙的広がりのなかで結びつけたのと同じように、James Blakeは自分自身の思念をダブステップの暗さに見事にシンクロさせてみせる。それは当然、AutechreからThom Yorkeまでがやってきたことである。が、Jamesにとってのエレクトロニック・ミュージックは、たとえばロックのアンチとしての、あるいは音楽の解体の結果としてのそれですらもはやないのである。それは目や耳や手や足や、つまり感覚と神経の延長としてのエレクトロニック・ミュージックである。方法論や理念ではなく、魂にダイレクトに接続しているのである。だからその音はじつにモダンな形の文学として姿を現す。

James Blake "The Wilhelm Scream"


もちろん、それは、この音楽がきわめて人間的な「歌」としてのフォルムを明確に持っているからでもある。しかしその「歌」ですら、コンピュータ上でエディットされ、フィルターがかけられた、いわば機械的な生成物なのだ。それがこれほどまでに肉体的な実体感をもち、感情に訴えかけてくるところに、このアルバムを聴く驚きがある。もはやエレクトロニック・ミュージックと「歌」のあいだに、あるいはアナログとデジタルのあいだに、観念的な意味でも実感としても境界は存在しない。クロスオーバーという言葉で長年語られてきたことが、この音楽にはそんな言葉以前のレベルで存在している。だから、James Blakeの「歌」は未来と過去を同時に映し出し、見覚えのある、しかし見たことのない風景へと聴き手を誘う。これは音楽の未来ではない。むしろ、音楽がかつて持ち得ていた神話性を取り戻す、現代のルーツ・ミュージックなのだ。いうまでもなく、ここでいう「神話」とは未来永劫手の届かない、文学の神秘のことである。James Blakeは、そんな神秘の奥の奥で、ひたすら静謐な「歌」を紡いでいる。

James Blake "The Wilhelm Scream (Live at BBC)"

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