How to Dress WellことTom Krellは、ドイツ・ケルンの大学で哲学を学ぶ学生。目下の研究対象はポスト・カント哲学だという。ブルックリンとケルンを行き来しながらベッドルーム・ミュージックを作り、2009年秋の"The Eternal Love"以降6枚の自主EPとしてウェブにアップロード、次々とリリースしてきた。初のコマーシャル・リリースはTransparentからの7インチ"Ecstasy with Jojo"、その後Lefseからリード・シングル"Ready for the World"とともにリリースされたのが、このフルレングス・アルバム"Love Remains"ということになる。
How to Dress Well / Love Remains
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How to Dress Well / Ecstasy with Jojo
How to Dress Well / Ready for the World
90年代のR&Bに入れ込み、強い影響をうけているというHow to Dress Well。彼がこのアルバムでやろうとしているのは、コシの強いリズムとエモーショナルなヴォーカルを組み合わせるという意味で、ほとんどそのエピゴーネンを生み出すことだ。ただし、その音は、宅録ゆえのローファイさを措くとしても、靄がかかったように曖昧で、光量の足りない写真のようにざらついている。さらにヴォーカルには強烈なエコーがかけられ、どこか神秘的な雰囲気も醸し出す。そこに、彼が愛する黄金期のR&Bにあった過剰なまでの存在感の強調と、肉体的躍動感はない。まるで精霊のような密やかさで、How to Dress Wellは「ソウル」を呼び覚ます。Tomにとっては、それがいちばん重要なことだったからだ。
彼のオフィシャル・デビュー・シングル"Ecstasy with Jojo"はMichael Jacksonの"Baby Be Mine"をサンプリングしているが、ここで聞こえてくるMJの声は、低音がカットされ、はるか遠くから届く信号のように響く。原曲にあった生々しいタッチが奪い去られ、思念だけが残ったかのようだ。
How to Dress Well "Ecstasy with Jojo"
Michael Jackson "Baby Be Mine"
それを聴いた僕たちが驚くのは、そのように加工され、あるいは虐げられてもなお失われないMJの歌の強さである。How to Dress Wellが、というかTom Krellがこのプロジェクトを通して表現しようと願うのは、まさにその「強さ」なのではないか。肉体性を奪われてもなお存在する思念の強さ。観念としてのソウル・ミュージック。あるいは、そこを出発点にコミュニケーションの実体を取り戻すこと。彼が惹かれる90年代のR&Bやヒップホップにあった圧倒的なまでの「伝わる力」を、彼は自身のサウンドスケープのなかで蘇らせようとしているのだ。
TomはHow to Dress Well以前から、ラップトップでドローン・ミュージックを作っていたという。そしてそれは「自己満足」だったと、彼は述懐している。その反省から産まれたHow to Dress Wellはつまり、もっとオープンでコミュニカティブなアプローチを持ったプロジェクトなのである。この手の宅録ミュージシャンのライブによくあるように「キーボードの後ろに立ってうつむいて歌う」というスタイルはやりたくない、と彼は言う。How to Dress Wellとは、彼の音楽にコミュニケーションの力、伝わる「強さ」を取り戻すための装置なのである。
彼の作り出すサウンドは、あまりにも弱々しく、繊細だ。その繊細さのなかからどう「強さ」が生まれていくのか、"Love Remains"はそのドキュメントとなっている。"You Hold The Water"で描かれる有史以前のカオスのなかから、言葉にならない声が生まれ("Ready for the World")、それは徐々に「歌」の形へと紡がれていく。ちょうどアルバムの中心におかれたライヴ・テイク"Walking This Dumb"を境に、その「歌」はどんどん強さを増していき、13トラックめの"Decisions"でピークを迎える。思念は輪郭をともなったソウル・ミュージックとして再構築され、まぎれもない「歌」として聴き手に届く。
How to Dress Well "Ready to the World"
How To Dress Well - "Ready for the World" from Jamie Harley on Vimeo.
How to Dress Well "Decision feat. Yüksel Arslan"
How to Dress Wellは思念の森で鳴るソウル・ミュージックだ。そこで描かれる風景はどこまでも抽象的で観念的だが、そこで歌われる言葉(ソウル)は、否応なしにこちら側へと突き刺さる。
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